ロックとはなんなんでしょうか。

 

 

 

椎名林檎

 

「ロックであるとかないとか言ってるアンタが1番ロックじゃねえんだよ!」

 

と辛辣な言葉を残し、

 

イギー・ポップ

 

「核戦争が起きて、廃墟になった町でたったひとりの生存者がいた、そしてそいつは叫んだ。それがロックさ。」

 

という半分意味不明なのにかっこ良すぎる言葉を残し、

 

キース・リチャーズ

 

「ロールのないロックンロールほど陳腐なものはないぜ。
みんなロールは忘れて、ロックだけを残したけど、ロールはまったくもって最高なんだ。
ロールは王様だ。残念なことに、ほとんどのミュージシャンはロールを支持していないけどな。」

 

と、僕にはまだ早い言葉を残しました。

 

ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ、禁煙はヘロインを止める ...

 

 

さて、ロックってなんなんでしょうか。

現代のロック、あるいは日本におけるいわゆる邦ロックという部類に疑問を抱いている人も一定数いることと思います。

特にこんなブログを読んでいる方々なら「あんなもんロックじゃないね!」なんて言ってる人もいるんじゃないですか?

 

 

まあ確かに、よくわからない電子音を使い始めたり、楽器の演奏に加えて、いわゆる打ち込みによるサウンドが入れられていたり、歌詞も前向きだったり批判や皮肉といった歌詞は少ないようにも感じます。

 

他にも、邦ロックや現代ロックのアンチの方々がよく言うのは「商業的すぎる!」という言葉ですよね。
レコード会社がいいように使い、儲けられるようなバンド、プロデュースを行なっているという話。

 

 

まあどちらも理解できます。

確かに、かつてのロックの姿はかけらもないように思われます。

 

ただ、それを邦ロックという名前で総称し、好んで聴いている人がいるのも事実で、その人たちにとってはその好きなバンドがロックなのであって、むしろ70年代や90年代なんかのロックはロックじゃないなかもしれないですよね。

 

  

ロックバンドといえば?と聞かれるとなぜかビートルズ!と答える人が多い気がするのですが、それもどうなんでしょうね。

僕個人としては、ストーンズの方が好きなのでビートルズはポップすぎるという感想を抱くわけです。

このストーンズvsビートルズという不毛すぎる長年の戦いを見ても現代と同じことが起こってると言えるはずです。

 

 

ある人にとってはロックなんだろうし、またある人にとっては全くロックじゃないわけです。

もしくは、同じバンドの中でも曲によってロックと感じるもの、ロックじゃないと感じるもの、あるはずです。

 

 

これはどこでどう決まってるんでしょうか。

それはもちろん、その人の中にあるロックの哲学で決まってるはずです。

それはサウンドなのかもしれないし、歌詞なのかもしれないし、もっと深い精神的な部分なのかもしれない。

 

  

とにかく、その人にはその人だけのロックの哲学があって、今までの人生でそれを無自覚にも育ててきたはずです。
(これは好みではなくて、ロックかロックじゃないかの哲学ね。)

 

だから、「ロックとはなんなんでしょう」と僕は最初に書きましたが、我ながらこの問いは間違っていると思います。

 

「あなたにとってのロックとはなんなんでしょう。」

 

これが正しい問いです。

 

あなたはどんなものを見たり、聴いたりしたときにロックだと思うんでしょう。あるいはロックだとは思わないんでしょう。

 

これを自分の中で明確に育てること、これがロックの聴き方だと僕は思います。

 

この哲学はどんなものでも構いません。何個あっても構いません。
そこにルールはないです。あなたのロックだからね。

 

 

だから、これから誰かに「ロックって何?」と聞かれたり、「このバンドはロック?」と聞かれたら、

「少なくとも俺にとっては○○だよ!」と答えるといいと思います。

 

ここで「それは人によって違うからなあ」とだけ答えたりする人はただポリシーがない人と思われます。

 

人によって違うのは大前提。
じゃああなたにとってはどうなのか。

 

ここが大きな問題なんです。

 

 

そして、ロックという広いものに対する哲学が固まってきて、余裕があれば次はジャンルについて考えてみるのも面白いと思います。

「これはパンク!」とか「いや、これはパンクではない」とか。

 

ある程度、ジャンルの特色や集合を学ぶ必要がありますが、ここに対してもそれぞれ哲学を持っていると、音楽聴くのが超楽しくなります。

  

  

これも長年の不毛な戦いなのですが、「NIRVANAはジャンルは?パンク?ハードロック?メタル?」という議論。

 

答えなんか極論どうでもいいです。
だって普通に答えたら「グランジ」の一言で済む話ですから。

 

ただ、自分の中の哲学を持った上で、こうした問題を考えて、自分の感性や意見を育てることに意味があるはずです。

これがロックの聴き方だと僕は思います。

 

 

 

 

長々と書いてきましたが、要は『ロックとかロックじゃないとかあなたが決めればいい。ただ、あなたの哲学をしっかり持つこと』が今回の結論。

 

それがロックを聴くということであり、感性を育てるということ。

 

この記事を読んでいる皆さんには、それぞれの哲学をしっかりと持ってもらいたい。

 

 

僕は僕にとってのロックをブログに書きますから、皆さんの哲学を持って読んでください。

自分と違うところがあれば「どう違うのか」を考えてみて欲しいし、それを僕にも教えて欲しいです。

僕も自分の哲学をまだまだ育てたいので!

 

 

 

 

そんなわけで今日は超長い記事!

また次回!

 

 

 

あなたの青春にも彩りを

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA