昨日が命日ってことで。

 

 

追悼の無観客ライブ配信してましたね。

なんか〜…なんか違うよな〜とは思いながらも少しだけ観てました。

 

そんなわけで今日は遠藤ミチロウ追悼ってことでThe Stalin

出会いと思い出について語っていきます。

 

 

 

  

スターリンを初めて聞いたのは多分、幼稚園のとき。

もう記憶が曖昧すぎるんですが…。

 

父の影響で何も気にせず、歌詞の意味もわからずに聴いてました。

今考えると教育に悪すぎると思いますが。

 

ぼやーっとお風呂でずっとSTOP JAPを歌っていたことは覚えています。

多分これ歌ったらお風呂出ていいよ的な曲だったんでしょうね。短いし。

だからSTOP JAPは小さい頃からずっと歌詞を覚えている数少ない曲です。

 

しかし中身は子供ですから、スターリンの本当の良さなんかわかるはずもなく、そのまま育っていきました。いい傾向。

 

稀代のアーティスト、遠藤ミチロウがザ・スターリンで放った純文学パン ...

 

 

ところが小6か中学1年生の時、なんども書いているように心がボロボロだったのでパンクにどハマり。

その中の一つにこのスターリンがありました。

 

当時、亜無亜危異にハマっていた僕、そのままの流れでスターリンの沼にドッパーン!

気がつけばどっぷりと浸かっていました。聴いたことあったしね…。

 

 

超攻撃的なサウンド、重めのリフやフレーズ、そこに乗るミチロウさんの頭おかしいボーカルと、卑屈というのもおこがましいほどの歌詞。

 

曲についてはまた今度細かく書きますが、とにかく僕はこの世界観がたまらなく好きで、いつしか憧れを抱いていました。

どれくらい憧れていたかというと、高校生の頃にバンドを組んだ際、目の周りを黒く塗ってロマンチストのコピーをやって暴れ倒してました。

あと中学卒業のタイミングで、両親に手紙を書こう!というクソ授業があったのですが、「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」の一節を引用したり。

 

お恥ずかしい限りです…。

 

 

こんな感じで小さな頃から父子共々、ずっと聴いてきて、憧れであり大好きなバンドだったスターリン。そして遠藤ミチロウ

本当に中学時代を乗り越えられたのはスターリンというバンドと出会えたということがかなり大きいです。

(もちろん、他にもたくさんのバンドに支えられましたが。)

 

THE STALIN | スターリン, 伝説, パンクバンド

 

 

そしてついに、歓喜の瞬間を迎えます。

忘れもしない2016年の4月。僕は高校3年生になったばかり。

「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」という遠藤ミチロウのドキュメンタリー映画が公開され、近所のボロい映画館に舞台挨拶にくることになったんです。

 

こりゃもう行くしかねえ!ということで朝から並んで整理券をゲットし、映画館へ。

 

映画はもちろん素晴らしかった。

そして、映画を見終わると、そこには遠藤ミチロウが。本物だぜ?ありえないだろ。って思ってました。

 

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握手とサインのために列に並ぶ。

 

僕はこの日、どうしてもミチロウさんサインしてもらいたいものがあって、それを鞄に詰め込んで映画を観に来てました。

 

それは僕が小さい頃に父が買ってくれたThe StalinのライブTシャツ。

ライブは危ないから行けなかった僕に、父が買ってくれたんだったと思います。

 

もうすっかりサイズも小さくなってしまっていて着る機会はなくなっていましたが、なぜかシャツ自体はずっと残してたんです。まるでこの日のためにあったみたい。

 

 

そして順番が回ってきました。

幼い頃から歌ってた曲を作った人、中学時代を一緒に過ごした曲を歌ってた人。

パソコンやスマートフォン越しにしか聞いたことのなかった顔、あのハスキーな声、雰囲気。

 

いざ目の前にすると何も言えなくなってしまいました。

 

泣きそうになりながらなんとか声を絞り出し、「サインお願いします」とようやく。

「懐かしいシャツだなあ。」と言われたことは覚えてますが、それ以外はもう全部飛んでしまっててダメ。

頭真っ白すぎて覚えてないです。

 

スターリンTシャツが黒色ということもあり、わざわざ銀色のペンを自分の家から持って行って、それを渡して書いてもらいました。

そんなことは覚えてる。笑

 

こうして、僕にとっての人生の宝物が出来上がりました。

遠藤ミチロウのサイン入りのスターリンTシャツ。今でも部屋に飾ってあります。

 

そのあとも写真を撮って頂いたり少し話したりもしましたが、もう全身ガクブルでした。

 

これ、宝物。
Stalinマークまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに思い入れのある人でしたから、亡くなった時は相当ショックでした。

去年の今頃は1日中スターリン聴いてました。

やはり会って少しでも話したことがあると亡くなった時のリアル感がすごいです。

 

ショックすぎて大学の部活のコピーバンドで追悼スターリンやりました。

もちろん誰も喜びませんでしたが。

 

 

 

 

 

ということで、今回は想いが溢れてしまいましたが、この辺にしときます。笑

正直ここには書ききれない思い出がまだまだありますが。

 

ではまた次回。

 

 

 

あなたの青春にも彩りを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

いつまでも僕の憧れで、大好きなパンクロッカー。否、シンガーかな。

 

書きながら泣いた。

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